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ココとカール

近頃母校への出入りを繰り返しています。


地下のリソースセンター奥のちいさなちいさな部屋でシャネルスーツの展示がされています。



遠くからみただけでわかる。

ココのスーツ。

90年代カール期のスーツも素敵だけど

やっぱりココが堪らない。

いまみてもまったく古くない。

それがココシャネルの凄み。

女性がつくった女性のための。

女性を解放してくれた服。

着たい。

触りたい。

服もさることながらココの生き様に惚れている。

だからあの服やアクセサリー、小物が生まれた。

シャネルのチェーンバッグは秀逸だ。

シガレット、ルージュをいれるためのポケット内蔵。

化粧なんて口紅さえあればいいのだ。

とかゆって最近つけてないけど。



同スペースにて

カールのドキュメンタリー

「サインシャネル カールラガーフェルドのアトリエ」が流れていてすっかり見入ってしまい

すっかりほかのことをわすれていた。

たかやまさん、まだいたの?もう閉館よ、と言われ泣く泣く退室。




カールは勿論だけど

ふくをつくるうえで

なにかをつくるうえで

わたしはなによりお針子さんだったりモデリスト、

中心になる人間を支えるまわりの方々への想いが溢れてこぼれそうになる。

かかえきれなくてこぼしてしまいそうになる。

なんとか掬いそれを自分のなかに大事に容れておきたいとねがう。

ディオールのドキュメンタリーをみたときもおなじきもちにおそわれた。

あのひとたちがいないとしごとはまったく成立しないだろう。

プロフェッショナルしかいない。

そして皆ユーモアがある。

そこがすきなんだよね。

真剣でキュートなひとたち。





いつも親切にご対応してくださる文化服装学院の先生方に感謝致します。

文化の施設は本当に素晴らしいとおもいます。

図書館なんて毎日ずっといたい。

オーディオルームもたくさんの資料映像、映画をみることができます。

卒業してからのほうが断然活用させていただいています。

購買も、、、。

いまでも関係が続いている友人がいます。

みんな活躍していて、困ったときは助けてくれます。

大事な出会いがたくさんありました。

ありがたいです。

東京いっちゃだめっていわれたのに

半ば無理やり勝手に出て来てしまったわたしを

ゆるしてくれた親には頭が上がりません。

感謝の気持ちを忘れずに。

つねこの口癖。





もう一回学校にいって立体裁断を学びたい。

生地がだいすきで生地ともっと仲良くなりたい。

生地が手に吸いついているかのように

それを操る寡黙なひとにいつもあこがれています。

それとは裏腹にわたしはきょうも携帯がないないと大騒ぎでいつまでたってもお騒がせおばさん。

あーあ。

なりたい自分にはぜんぜんなれない。

でも、だから、ひとは足掻き試練を自分で越えようとする。


ドキュメンタリーのなかで

お針子の名前忘れた、、マダムがゆってた。


困難がすきだと。

困難を自分で乗り越えることがすきだと。


わたしもおなじきもち。

一難さってはまた一難。

きらいじゃない。

きっと越えるから。

失敗や間違い、やりなおし、は起こるべくして起こるものだとおもっている。

必要だから起きる。

報われたいなんておもわない。

ただ、ただ、ただ、可能性をみたくて

みたことないものをみてみたいだけ。

目標なんてない。

いつからかなくなった。

みたいものもなにかしらない。

みたことないからことばにできない。

形容し難い。

だけどしんじているものはある。

それはたしか。

ただおもい、つづけていくことしかできない。


だいじなことはファッションがぜんぶおしえてくれました。

だけどファッションも、たまたま、って

どこかさめためでみてもいる。

だいたいたまたま。

たまたまだけど運命みたいな偶然みたいな。

偶然かな。

偶然と運命は同義語だとおもっているから。




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