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フィルム写真について問われた。
だから答えた。
フィルムをカメラにいれて撮影してまきあげてフィルムチェンジしてまた撮って。
撮って撮って撮りまくって。
終わったら現像して。
現像するまでみえないわからない。
その一連の流れがすきなんだとおもうって。
あのシャッターの音だって。

今じゃ中々現場でみれなくなったバイテンカメラの緊張感といったら堪らないもの。
モニターじゃなくて目の前にあるものを追いかけていた。
写真はあまり撮らないしうつるのも得意ではない。
でも現場でたまに調子にのってスタンドインをやっているとき最高にしあわせな瞬間がある。
写真を撮る人間と撮られる人間のあの関係性にあこがれていた。
あの間にしかながれない時間とかにおいとか。
詳しくないし死ぬほどすきなわけでもないけどたしかになにか胸をもっていかれている節はあって。
ずっとわすれらんない写真とか。
そんなにたくさんあるわけでもないけれど。
わすれらんないいくつか。

あと紙になる意味。




そう、それでゆった。
別にデジタルが嫌なわけでも悪いわけでもない。
ただフィルムで写真を撮る空間にいられることがすきだったし、わすれたくないってゆうだけ。
あまりにもその時間がぐっと減ってしまったから特別になってしまった。
氾濫していなかったから。
特別だった。
圧倒的なものが圧倒的だった。




夜中にまた海にいった。
暗くてアイホンにはなんにもうつらなかった。
たぶんせたさんのフィルムカメラにはうっすらと赤い水着を着たわたしがうつっているはず。 水はあたたかかった。
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