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here comes my love
生まれて育った家は千葉の九十九里浜に限りなく近いところに位置していて、そのおおきなおおきな海のすぐ傍で丸18年をすごした。自分の部屋と呼ぶには呼び難いただ襖で仕切られていた部屋みたいな場所はいつも向こう側に弟の気配をかんじてとてもいやで仕方がなかった。おそらく彼も同じ気持ちだったに違いないだろう。そんな嫌な空間も窓を開けたらいつも潮のにおいがした。波の音もよく聴こえた。、、、なんてことをさ、描くとさ、まるでいい話にもきこえるけれどそうでもない。 夏の海は大嫌いで水着を着て楽しい夏休みなんて過ごしたことは一度もなかったけれど海の存在は好きだった。特に秋や冬のあの寒々しい誰もいない灰色の景色。あんなに賑やかだった人気の海も冬になれば熱心なサーファーにしか需要がなくなる。あとはたまに犬の散歩をするおじさん。たまに何を釣っているかわからないおじさん。それを制服着て1人でぼんやり眺めているのがすきだった。少し突き出たあの場所で。テトラポットがあるあそこ。
海はいっつもそこにあった。大してありがたみなんてないし東日本大震災のとき、うちはおおきな被害こそなかったけれど津波がきたら本当にアウトだってことを私より100倍五月蝿い母が珍しく弱気な声で話していたのをおぼえている。まあ、だから大してありがたみなんてないんだ。海なんて。みんな良い場所ですねー、って言うけれど。みんな果敢に撮影に足を運ぶけれど。海での撮影もあまり興味を持ったことがないのでファッションの撮影で海へ行ったこともなかった。



はやく田舎を出たいとおもっていた。毎日退屈で、やりたいこともなく、すきなものもなく。今だからこそ思春期特有のよくあるアレだとおもえるけれど特有なりに本当に毎日よくわからない苛立ちとか焦燥感ばかりで今より1000倍尖っていたとおもう。そして悲劇のヒロインを演じる。舞台なんてないし誰もみていないのに。
もうあのときのきもちはおもいだせないしこないだ撮影した日と同じ気持ちにはもうなれない。あの頃抱えていたおもいはおもいだせない。そのまえのことも。たぶんもうぜんぜんちがうものになっている。うつろっていく。すぎていった。おなじばしょにはいれない。わすれないしわすれたくないけれどわすれたくないことはわすれてしまうわすれたいことばかりおぼえていて。それでいいとおもう。おもいだせないくらいきにもとめないくらいに。



夢のカタチはいつまでたってもみつからなくてみつけらんない自分を結局あいしているのだとおもう。みつけるきなんてないのかもね。なんだっていいけどさべつにさ。
| - | 07:30 | - | trackbacks(0) | pookmark |
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