no title

渋谷駅を一歩か十歩くらいひいてみてみるとなにやってんだかなとおもう。

いっぱいひかってる。

あしたは満月っぽい。

あったかいこと気付いてなくて。

どうりであついとおもった。

そういえば季節に鈍感だっていわれたことおもいだした。

馬鹿だから風邪をまったくひかない。

なんなら風邪ひいても気付かないくらい鈍感。

5年後の話をされて、5年後のことがまったくみえなくてびっくりした。

数字だけ数えたらびっくりした。

数字数式数学理屈理論理想夢愛希望光絶望欲望羨望眼差し目の前は何色か何色ともたとえらんない東京にいます。

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ココとカール

近頃母校への出入りを繰り返しています。


地下のリソースセンター奥のちいさなちいさな部屋でシャネルスーツの展示がされています。



遠くからみただけでわかる。

ココのスーツ。

90年代カール期のスーツも素敵だけど

やっぱりココが堪らない。

いまみてもまったく古くない。

それがココシャネルの凄み。

女性がつくった女性のための。

女性を解放してくれた服。

着たい。

触りたい。

服もさることながらココの生き様に惚れている。

だからあの服やアクセサリー、小物が生まれた。

シャネルのチェーンバッグは秀逸だ。

シガレット、ルージュをいれるためのポケット内蔵。

化粧なんて口紅さえあればいいのだ。

とかゆって最近つけてないけど。



同スペースにて

カールのドキュメンタリー

「サインシャネル カールラガーフェルドのアトリエ」が流れていてすっかり見入ってしまい

すっかりほかのことをわすれていた。

たかやまさん、まだいたの?もう閉館よ、と言われ泣く泣く退室。




カールは勿論だけど

ふくをつくるうえで

なにかをつくるうえで

わたしはなによりお針子さんだったりモデリスト、

中心になる人間を支えるまわりの方々への想いが溢れてこぼれそうになる。

かかえきれなくてこぼしてしまいそうになる。

なんとか掬いそれを自分のなかに大事に容れておきたいとねがう。

ディオールのドキュメンタリーをみたときもおなじきもちにおそわれた。

あのひとたちがいないとしごとはまったく成立しないだろう。

プロフェッショナルしかいない。

そして皆ユーモアがある。

そこがすきなんだよね。

真剣でキュートなひとたち。





いつも親切にご対応してくださる文化服装学院の先生方に感謝致します。

文化の施設は本当に素晴らしいとおもいます。

図書館なんて毎日ずっといたい。

オーディオルームもたくさんの資料映像、映画をみることができます。

卒業してからのほうが断然活用させていただいています。

購買も、、、。

いまでも関係が続いている友人がいます。

みんな活躍していて、困ったときは助けてくれます。

大事な出会いがたくさんありました。

ありがたいです。

東京いっちゃだめっていわれたのに

半ば無理やり勝手に出て来てしまったわたしを

ゆるしてくれた親には頭が上がりません。

感謝の気持ちを忘れずに。

つねこの口癖。





もう一回学校にいって立体裁断を学びたい。

生地がだいすきで生地ともっと仲良くなりたい。

生地が手に吸いついているかのように

それを操る寡黙なひとにいつもあこがれています。

それとは裏腹にわたしはきょうも携帯がないないと大騒ぎでいつまでたってもお騒がせおばさん。

あーあ。

なりたい自分にはぜんぜんなれない。

でも、だから、ひとは足掻き試練を自分で越えようとする。


ドキュメンタリーのなかで

お針子の名前忘れた、、マダムがゆってた。


困難がすきだと。

困難を自分で乗り越えることがすきだと。


わたしもおなじきもち。

一難さってはまた一難。

きらいじゃない。

きっと越えるから。

失敗や間違い、やりなおし、は起こるべくして起こるものだとおもっている。

必要だから起きる。

報われたいなんておもわない。

ただ、ただ、ただ、可能性をみたくて

みたことないものをみてみたいだけ。

目標なんてない。

いつからかなくなった。

みたいものもなにかしらない。

みたことないからことばにできない。

形容し難い。

だけどしんじているものはある。

それはたしか。

ただおもい、つづけていくことしかできない。


だいじなことはファッションがぜんぶおしえてくれました。

だけどファッションも、たまたま、って

どこかさめためでみてもいる。

だいたいたまたま。

たまたまだけど運命みたいな偶然みたいな。

偶然かな。

偶然と運命は同義語だとおもっているから。




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ある光

何億回も。






9月1日はこどもの自殺が一番多い日だという。

昨晩はNHKの生放送の番組。

それにまつわるものだ。

二時間半がおもくのしかかった。



途中で気が付いた。

今年は9月1日、今日は日曜日で、時間が1日がいつもより多くあるから、もしかしたらだれかがあの番組をみたり、たとえばだれかなにかのことばやきもちに掬われたりして、いきるじかんがまだまだながくつづいたら、と。



ひとのきもちやそのおくには誰にもさわられてほしくないものやきおくがあって、いろんな類いのそれが存在するとしたら。

あたりまえだけどそれに容易く触れることは赦されない。こどももおとなもかんけいなんてない。


だけどおとなになって酸いも甘いも辛いも痛いも多少はおぼえ、ひとをきずつけたりきずつけられたり、なにかをうしなったりだれかをうばわれたり、もうもどれないじかんをなんども巻き戻そうとしてもできなかったりして、そんなじかんのなかでときおり奇跡をみたり、誰かにてをさしのべてもらえたり、愛情をうけたよろこびや。

そんなことをすこしは記憶してきたから、できるだけわたしはすべてを赦せたらとせつにねがう。

そんなことをおもえるようになったのも、結局おおくはない選択肢のなか、蜘蛛の糸のようになんとかえらんだ微かな光のようなそのたよりないすべてをつづけてきたのだからだとおもう。つづけるしかないと。

つづけてみないと

おもいしんじつづけるしかないと。




だれだってだれにもおかされたくないいまにもこわれてしまいそうなちいさなはこをもっている。

あけていいのは本人とすべてをうけとめる覚悟のあるにんげんだけだってわたしはおもう。




なぜひとはうまれ、なんのためにひとはいきるのか、そしてほんとうのしあわせはなんなのか、

これらは、どんなに発達したこのせかいにおいて科学でも実証なんてすることは到底出来ず、なんの神様も信仰していないわたしからいわせてみたら、すべてはじぶんのてのなかにあって、いかようにもこたえをみつけることはできるんじゃないかってさがしている。その術がただしいのかまちがいなのかさえわからないけれどこんなあほみたいにいきている。



はなしがきゅうなかんじだけど一昨年の日本アカデミー賞で主演女優賞を受賞した際の蒼井優さんのことばがわたしはわすれらんなくて、あのひ、またすこしゆめをみたきがして。そうやってひとはつづいていくのかなって。




できるだけ光が多くせかいに降り注ぐといいな。


むせきにんな記録だななんてかんがえながらも。

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テレビから知らない曲。
ごはん炊きすぎてたいして食べもしない。カレーのつもりが野菜を無心でちいさくちいさく切り刻んでいるうちに気分変わってタコライスっぽいものに変更。ところで生の挽き肉って眺めていると食べれなくなる。

いつのまにか寝てしまって慌てて起きた。いつものこと。
めざまし時計、とめてもとめても鳴りやまないってゆうこわい夢をみて起きた。喉がカラッカラで更にこわかった。



遡って18時37分。原宿。
日が短くなったとおもった。日がのびたな、っておもったのはいつだったのか忘れてしまった。


何年かまえにいったニューヨークで買った封筒。イロトリドリ。色鉛筆売り場みたい。だけど日本の郵便規定では切手120円枠。まあよし。100年ぶりに書いた請求書。手書きの請求書。馴れるのかな。カラフル届きます。
東京ではハンズで売ってるカラー封筒がすきで愛用していたけど今もあるのかな。暫く買っていない。また封筒収集はじめようかな。


ロエベの新しいバッグもロエベマークを切手張ったみたいなやつ。しかくいやつ。アボカドグリーン。ちいさくてちいさくて何にも入らなくて。やっぱりお財布をちいさくするところから始めないとだめでしょうか。バッグってほんと買えない。だって何にも入らなそうなやつばっかり惹かれるから。かなわないかたおもいばっかり。


あっとゆうまに夏がおわります。
花火もしていないしみていない。
今年は瀬田さんと海に行っていない。
結局浴衣も着ていない。
なにをしていたかといえば、なにしていたんだろう。線香花火みたいな毎日。
なにをしても線香花火みたい。
悪くないってことだよ。


はやくてはやくてびっくりしてばっかり。


3時33分。ちょっとうれしくなる。
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lucky
すんごいきれいな黒のペンシルスカートどこにいけばあるんだろう。またさがしものがふえた。たかやまのクラシックはみつからないシリーズの巻。ながいあいだかけて着実にみつかりつつはあるが。黒いコート、今年はみつかるのでしょうか。

勘違いされやすいけれど、べつに奇抜なものや変わったものがほしいわけじゃない。そうゆうことがしたいわけじゃない。ただ心が動くかどうかだけなんだけどな。わりかしシンプルだし盛らないんだけどな。勘違いされやすい。まだまだってことなんだろうな。自分の価値や評価は他人がつけるものだから仕方がない。



あと、はなしかわるけど、さいきん、なにかとつけて時代が時代が、こんな時代だから、ってゆってるけどうつくしいものや純度の高いもの、すばらしいもの、にんげんの本来あるべき誠実さって、時代関係ないとおもうんだけどなぁ、って、わたしはおもうよ。
もっとシンプルがいいよ。素直でね、嘘はいやよ!
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